俗に言う「松の内」が過ぎましたので、年末に起きた残念な出来事についても記しておきます。
それは暮れも押し迫った28日夕方のこと。突然警察から会社に連絡があり、職場の同僚S君が亡くなったことが判明しました。享年52歳。生前のS君を知っている方には、このブログを通じて差し障りない範囲で経緯を伝えておきたいと思います。また、仕事関係の方にはここにSに対する生前の厚誼を深謝し、謹んでご通知申し上げます。
S君は昨年秋口から体調を悪化させ、12月には糖尿や腎臓機能に非常に悪い数値が出ているという報告を本人より受けていました。以降欠勤するケースも増えて在宅で業務をこなしている中、傷病手当扱いによる長期休養の方向が決まりました。そこに先述のとおり、警察経由で自宅での死亡が確認されたのです。近隣の知人が訪ねて判明したもので事件性はありません。ですが、死因がはっきりしないため検死に回されました。
その後検証の結果、推定死亡時刻は12月27日0時ごろ、肝硬変による小腸の壊死などが直接的な死因(※当初腸閉塞と記していましたが、間違いでした。肝硬変と訂正します)とのことでした。会社側というか私個人が最後にS本人と連絡を取れたのが、12月24日のメールでした。以降は誰も電話、メールとも連絡が取れなくなり、どうしているのかと話していた矢先のこと。実際は26日に知人と会っており、斎場で会ったその方は「辛そうにはしていたが、まさか亡くなるとは思ってもみなかった」と言います。本当に「急死」という言葉しか形容がありません。なお、遺体は1月4日に荼毘に付され、遺骨は生まれ故郷である名古屋の墓に埋葬されることになりました。
S君は基本的には非常に気のいい人間でした。私は30年ほど前に現在の会社にアルバイト採用されましたが、出社した初日の朝、掃除機を片手に持って自ら笑顔で挨拶してくれたのを今も覚えています。その頃は肥満体型になった今よりも痩せていてH大学の学生でした。
S君はその後一度会社をやめた、いわゆる出戻りなのですが、ここ最近は自分の都合で物事を考える傾向が強まっていたようにも思います。亡くなった人に対して、あえてきついことを書きますが、最後まで慢性的なサボり癖は治りませんでしたし、自分の体調管理もその最たる面が最悪の形で現れたといっていいでしょう。私は器が小さい人間です。「何やってんだよ」…心中にはそんな言葉しか見当たりません。
それでも、パソコンの知識もあったS君には仕事の面で助けてもらったことが多々ありました。同じ中日ドラゴンズファンとして、何度か神宮球場で野球観戦したこともいい思い出です。会社の野球チームでも投打にわたり活躍したのも今は昔。釣りも行きました。
「S君、お疲れ様。さようなら」
斎場で変わり果てた姿に最後の別れを告げたのは1月4日のことでした。亡くなってすでに2週間、今もただ冥福を祈るのみです。